電気のこれからを考える「場」

直言提言
作家/『フォーラム・エネルギーを考える』代表神津 カンナ
(こうづ・かんな)1958年、作曲家の神津善行、女優の中村メイコの長女として東京に生まれる。東洋英和女学院高等部卒業後渡米、演劇を学ぶ。帰国後、執筆活動の傍らテレビ、ラジオ番組に出演するほか、講演活動、公的機関や民間団体の審議委員などの要職を務める。著書に『水燃えて火~山師と女優の電力革命』『冷蔵庫が壊れた日』ほか多数。

生活者の視点を大切に
「電気のこれからを考える」

日本のエネルギー政策は大きな変革期を迎えている。今後、議論していくうえで忘れてはならないのが生活者の視点であろう。30年以上にわたって「暮らしの中のエネルギー」というコンセプトのもと、このテーマに関わり、活動を続けてきた神津カンナ氏に、現状と課題について語っていただく。

「分からない」からこそ「面白い」

子どものころ、作曲家の父(神津善行)がクラシックコンサートを開催する際、各地方にある電力各社のホールを利用することがたびたびあった。その際に数多くの発電施設を視察した父は帰宅すると、エネルギーについて興味深い話をよく語り、家庭内で電気について話し合うことは自然な流れであった。

20代になって、父に同行して国内外のエネルギー施設を視察して回るようになる。エネルギー関連の仕事に初めて携わったのは、家族で「日本はこれから原子力をどう展開するか」というテレビ番組に出演したときだった。父、母(女優・中村メイコ)、妹(女優・神津はづき)と私が海外の原子力関連施設を視察し、最後にスタジオに集まって語り合うという企画だった。いきなり「原子燃料サイクル」などといった難解な言葉に遭遇し、「分からない」だけに逆に興味を覚え、「面白い」と感じた。

神津カンナ

それ以来、国内外にある安定供給を支える設備や現場を見て回る"エネルギーの旅"が始まった。

例えば、真冬の北海道では、雪上車とスノーバイクを乗り継ぎ、さらに滑り止めのついた短いスキーを履いて山中に行き、送電線に付着した氷雪を削り落として保守、点検をしていることを知った。多くの人はここまで苦労して送電線を守っていることを知らないだろうなと感慨深かった。また、強烈な台風に襲われる南大東島(沖縄本島の東方沖)では、暴風が吹く1時間前には、設備が壊れないように風力発電のブレード(羽根)を倒していた。自然相手の再生可能エネルギーの運用がこれほど過酷だということを初めて知ったのだった。

テレビ番組

1980年代、テレビ番組の企画で家族それぞれがフランス、米国、カナダの主要電源施設を巡った。中央・神津カンナ氏、左・母親の中村メイコ氏(写真:神津カンナ氏提供)

鳥の目、虫の目、魚の目で
エネルギー問題を考察し
冷静に建設的に議論する『場』が必要

東日本大震災後に情報発信し
語り合うことに意義がある

私が代表を務める『フォーラム・エネルギーを考える』(ETT)では、暮らしに欠かせないエネルギーについて、生活者の視点から考え、判断できるよう、みんなで学び合うというコンセプトのもとに活動を続けている。初代代表は高原須美子さん(元経済企画庁長官)、2代目が温暖化問題の第一人者の茅陽一先生(東京大学名誉教授)。私は2011年4月から3代目を引き継いだ。

就任したのはまさに福島第一原子力発電所の事故直後で、事前に考えていたコンセプトや活動計画も全て白紙となった。世の中が一変した中で、エネルギー問題についてどう活動すべきか模索する日々が続いた。

緊急事態が発生したときこそ、さまざまな角度から客観的な情報をもとに、冷静に語り合うきっかけが必要だったが、当時、原子力反対の世論が高まり、電力会社の話を冷静に聞き入れてもらえず、情報発信を手控えたところも多かった。そんな逆風の中、’12年6月に中部電力が、エネルギー問題に真正面から向き合い、安定供給への姿勢や思いを伝える情報誌『場』を創刊したと聞いた。

フォーラムの様子

静岡県菊川市で開催されたフォーラムの様子。2030年の地球環境や科学技術、エネルギーの未来の展望について議論した(写真:電気新聞提供)

漢方薬のように染み渡る
活動を続けたい

ETTは、偏見を抱くことなく「暮らしの中のエネルギー」について語り合う場であり、もちろん原子力発電に対しても冷静に見ている。しかし、震災以降、原発推進団体と誤解され、事務所には批判の電話が殺到した。「今まで取り組んできた活動は間違っていたのではないか」とかなり落ち込んだが、昭和一桁生まれの両親は肝が据わっていた。

父から「落ち込むときはまっすぐ落ち込め。まっすぐ落ちれば小さな光、戻れる場所が分かる。横木につかまったり、穴を掘って隠れたりすれば見えなくなるぞ」と言われ、「なるほど」と思った。母も「天と地が逆転したような気持ちになっているかもしれない。けれど、戦前・戦後で世の中が激変したように、ひっくり返るほどの変化は結構あるものよ。だからといって全部が終わるわけではない。人は生き続けるのよ」と言われ、しばらく頑張ってみようという気持ちになれた。

エネルギーを題材とした会合、講演があれば全国各地、どこでも足を運ぶ。現地の方から「ここまで来て、話をしてくれてありがとう」と言われたときは、本当に続けてよかったと思う。漢方薬のように、少しずつでも染み渡っていくような活動を続けていきたい。

水燃えて火 山師と女優の電力革命

福沢諭吉の女婿で山師と呼ばれた「電力王」福沢桃介と、彼を支えた日本初の女優・川上貞奴の2人が木曽川の水力発電事業に挑む姿を描く。新聞小説に加筆修正のうえ、約20年ぶりに神津氏が手がけた長編小説。「貞奴に人間的魅力を感じた。本当は、部外者の女性でありながら、電力王の協力者となった彼女を主軸に描きたかったほど」と言う。
2017年3月刊

講演会

エネルギーに関する講演会では、相手の身近なものとリンクさせて話し、「ものの見方を少し変えてみませんか?」と提案することを心掛ける

少しものの見方を変えてみませんか

科学的事実として頭では理解できるけれど、感情的に好きになれないということを「トランスサイエンス」という。例えば、電力会社がいくら懸命に「原子力は安全に向けて、これだけの対策をやっています」と説明しても、聞く側が「その通り。でもねえ…」と感じてしまえばそれで終わり。

人が"これは嫌だ"と思っていることに対して、そうではないと説得しようとしても難しい。私のような立場の者は、自分の考えに引き込むのではなく、「少しものの見方を変えてみませんか」というスタンスに終始している。

私はエネルギー問題に限らず、ものを書くときにいつも3つの視点を大切にしている。

<3つの視点>
  1. 鳥の目で俯瞰(ふかん)することを忘れない。
  2. 虫の目で精査することをいとわない。
  3. 魚の目で未知の切り口から考察することを心がける。
神津カンナ

自分の居る場所からの視点だけでは見えないものがあり、自分が絶えず動いていなければ何が本当か分からないまま過ぎ去ってしまうものだ。だからこそ、鳥のように全体を見渡したり、虫のように地べたをはいつくばったり、未知のものに興味を抱くことを意識している。

どれほどたくさんの電力関連施設を見てきたとしても、私は専門家ではない。研究者でも学者でもなく、一般人の立場、素人の目で見ることを貫いて、生活者と電力会社の橋渡しをしたいと考えている。

意見交換会

意見交換会などの際は参加者一人ひとりの声に耳を傾ける

エネルギー問題に明快な「解」はない、
目を背けたら負け。
糸を解きほぐすように考え続けてほしい

社章を外して一人の人間として
本音で語り合える関係性を築く

福島第一原子力発電所の事故からもうすぐ7年。今は世の中の人もエネルギーを見る目が少し冷静になった。原子力はマイナス面だけでなくプラス面も少しずつ評価されつつある。また礼賛されてきた太陽光・風力発電の負の側面も見えてきた。そして、発電してから家庭や事業所に届くまでの安定供給の難しさについても、少しずつ理解が広がってきたように思う。日本人は今、’11年の強烈なショック、エキセントリックな気持ちからようやく落ち着きを取り戻し、日本人らしいバランス感覚も取り戻しつつある。

そもそもバランス感覚に優れた日本人が原子力のことを冷静に考えられなくなったのは、原子力発電所の事故をリアルに見たことが大きい。ただし、これを機にわれわれが原子力のことを真剣に考えるようになったことはプラスと捉えるべきだ。

福島第一原子力発電所の事故の現実から目を背けることなく、日本のエネルギーの将来に目を向ける時期にようやくたどり着いたような気がする。エネルギー政策、適正な電源構成について、現実を直視した議論が大切である。

浜岡原子力発電所視察の様子

浜岡原子力発電所視察の様子。安全性向上対策について熱心に質問し、担当者から話を聞く

東清水変電所視察の様子

東清水変電所視察の様子。日本各地の現場に自ら足を運び、見聞を広めている

そのためにも電力会社には、外部の人に理解してもらう努力を継続していただきたい。真の理解、共感を得るには、ビジネスパーソンとして付き合うのではなく、社章を外して「一人の人間として」本音で語り合えるレベルの信頼関係ができるかどうかが重要だ。

私は、会社の看板というしがらみがないから自由に発言できる気軽さもあるが、一人の人間として信頼されるかどうか、いつもシビアに問われている緊張感を持っている。

コスト削減が課題となっている電力業界にそんな余裕はないかもしれないが、電力会社の人には、電気の品質さえ守っていれば理解されるというわけではないことを肝に銘じてほしい。お客さまとの対話、管理間接部門で働いている人の貢献度なども含めて、電力会社の品質である。何事も細部に宿るものがある。そういう地道な日常業務にまでしっかりと目を向けてほしい。

資源小国の日本が抱えるエネルギー問題は難しい。だが難解だからといって考えるのをやめたら、そこで負けである。こんがらがった毛糸玉のような現状をどう解きほぐすか。今後、日本のエネルギーのあるべき姿は私にも明快な解はないが、糸を解きほぐすことから手を引きたくないと思っている。だから皆さんも、投げ出すことなく、考え続けてほしいと願っている。

文・構成/松本稔 撮影/加藤有紀

ダムの流木材を植木鉢に再利用
木玉
回収されたゴミ

泰阜ダム(長野県)から回収されたゴミ。流木や枯葉などのほか、最近はプラスチック系などの家庭ゴミなども混じっている

チップ

分別後の流木を細かく砕きチップにする。これが木玉の原料となる

小さなことかもしれないが、中部電力ではダムに貯まった木くずを集めて、子会社の「中電ウイング」で木玉(もくだま)という植木鉢に再生しリサイクルしている。ダムのゴミを分別し、廃物を再利用して製品によみがえらせていく地道な作業も、純国産エネルギーである水力発電を支えている原動力である。実は電気はたくさんの見えない人々の手を経て届いている。この当たり前のことを忘れていないだろうか、と「木玉」が問いかけてくれているように感じられる。

神津カンナ

中電ウイングにて木玉制作中のチャレンジドの職人から話を聞く

※チャレンジド
障がいをもつ人を表す英語「the challenged(挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人)」

このページの先頭へ

Copyright(c) CHUBU Electric Power Co.,lnc. All Rights Reserved.